2009年06月12日

天才シリーズ ニュートンの少年時代の間抜けぶり

 家で飼っていた猫に5匹の可愛い子猫がうまれた。少年は、その子猫が部屋に出入りできるように、ドアに5つの穴を開けた。
 この少年は、馬を引いて歩いているとき読書に熱中してしまった。途中で馬が逃げた。少年はそれに気づかず、くつわだけ握って家に帰ってきた。
 学校に通いだした少年は、料理の実験の最中に卵をゆでようと思い、片手に卵、片手に時計を握った。茹でる時間を計るためだ。しばらく実験を続けて、それから卵を食べようと思って鍋のふたを開けてインタ。なかには時計が入っていた。卵は手に握ったままだった。全部ニュートンの少年時代の話である。
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2009年06月08日

カメの寿命

 昔からカメは長寿の代表のように言われていますが、実際、かなり長生きする動物であることは確かのようです。
 「鶴は千年、カメは万年」といわれるのは、あくまでも例えで、万年はちょっと無理のようですが、152年間も飼育されたカメがいました。このカメは、世界最大の陸ガメのひとつ、アルダブラゾウガメで、1766年にフランスの探検家に捕らえられ、152年間飼育されて1918年に事故で死にました。
 それにこのカメは、捕らえられたときにすでに成長していたらしいので、推定では、180年から200年の寿命とも考えられます。しかも、このカメの場合は自然死ではなく、事故死でしたから、実際の野生では、もっと長生きしているカメでもいるかもしれません。
 他の種類のカメについても長寿であることは確かで、アメリカハコガメが138年、ヨーロッパヌマガメが100年以上という記録があります。
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2009年06月05日

「馬鹿」の言葉の由来

 バカにしないでよ、と馬や鹿が怒っているかどうかは知りませんが、「馬鹿」という言葉は、本来は馬にも鹿にもまったく関係がありませんでした。
 ところが、中国の秦の時代に、趙高(ちょうこう)という宦官(かんがん)が、皇帝の前に鹿を差し出して馬だと偽り、これに同意しない者には報復をしたという故事があります。たまたまバカという言葉に馬鹿という漢字を当て字として使ったために、この故事がまことしやかに「馬鹿」の由来とされてしまったのです。実は、サンスクリット語にバカ・モーハ(baka・moha)という「痴」をあらわす言葉があり、これがバカの由来だと考えられています。こうなると、字を当てられた馬や鹿ばかりでなく、実際に存在するという馬鹿(うましか)という動物にとっても、まったくはた迷惑な話に違いありません。それにしても馬という動物はよくよく人に利用されやすいのか、こんなところであて馬にされて、本当に気の毒です。
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2009年06月02日

昆虫は動物の中で最も力持ち

 世界中の動物の中で、一番の力持ちは何だと思いますか。実は、重いものを引っ張る力では、なんとあの小さな昆虫が図抜けて優れているのです。昆虫は、平均して自分の体重の約20倍の重さのものを引っ張ることができます。
 小さなカブトムシを使って実験したところ、体重の42倍のものを引っ張ることができたということですから、まさに昆虫の筋力は怪物並みといえます。それにくらべて人間は、平均的な成人で体重の0.9倍くらいの重量までしか引っ張ることができません。馬車を引く馬だって体重の0.8倍までしか引っ張れないのですから、昆虫がいかに力持ちかわかると思います。
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2009年05月29日

血を出して平気なレスラー

 ガツーンと鉄柱に黒い巨体がぶつかる。倒れて起き上がったレスラーの額から鮮血が流れ落ちる、こんな光景をよくテレビでみます。
 顔中血だらけ、よくあんなに血を出して大丈夫なものだと思います。血の出ないプロレスはつまりませんから、彼らも血を見せるのは営業のひとつと考えているのでしょう。
 では、レスラーはどのくらいまで営業用の血を出せるのでしょうか。血液は体重1キロあたり、男は約80ml、女は約60mlあるといわれます。レスラーの体重を100キロとすると、約8リットルの血液を持っている勘定になります。そのうちの3分の1を失うと死ぬことになります。つまり、約2.5リットルまでは営業用の血として使用可能なわけです。
 こう考えるとブッチャーがあの程度の血を流すのは何でも無いことになります。プロレスファンは安心して「顔面血だらけ」を見ることにしましょう。
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2009年05月27日

カレンダーは昔、金銭出納帳だった!!

 カレンダーはどこの家でもないというのが珍しいくらい私達の生活になじみ深いものになっていますが、本来はこのカレンダーは、金銭出納帳のことだったのです。
 カレンダーという言葉は英語ですが、もとはといえば、カレンダリウムという金銭出納帳を意味する言葉から出たものです。
 さらに源を探ると、月の第一日、ついたちを意味するカレンダエが、カレンダリウムの語源というわけで、古代ローマ人たちは、毎月、月の初めに金銭の貸し借りの仕切りをやっていたことがわかります。
 このように、カレンダーは暮らしのなかで最も大切な金銭の出入りを覚えておくための、メモであったようです。となると、銀行のサービスで暮れになると必ずカレンダーを用意しているのも、まさに語源とぴったりです。
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結婚式の「角隠し」はなんのおまじない?

 婚礼に花嫁が角隠しをするのはなぜかというと、女性はしっとに狂うと角がはえて鬼になるといわれてたためのようです。つまり、鬼になるのを防ぐ呪(まじな)いとして、寺に参る際に頭にかぶせたのが、花嫁の角隠しの由来というわけです。
 同じような花嫁のかぶり物に綿帽子がありますが、こちらはもともとは、寒さをしのぐための女性用の帽子であったのがすたれ、婚礼用のものが今日まで残ったものです。
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2009年05月26日

世界で一番高額の紙幣の話

 日本で最高額の紙幣といえば、もちろん一万円札です。ところで世界各国の最高紙幣と比べてみると、どうでしょうか。
 たとえば、フランスは最高が500フラン、イタリアが10万リラ、西ドイツにいたっては、1000マルクという高額紙幣が使われています。では、世界一の高額紙幣はというと、やはりアメリカ。なんとアメリカには、一万ドル約95万円というお札があるのです。もっともこのお札、額があまり大きいため、全米でも350枚が銀行などに保存されているだけで、まずたいていのアメリカ人は、見たことも触ったこともないという「幻の紙幣」なのです。
 政府もさすがに利用価値が少ないと思ったのか、1944年以降は印刷を中止してしまったので、いよいよ幻の紙幣となりました。
 この他、アメリカには1000ドル、500ドルという高額紙幣もありますが、いずれも1969年以降は発行が中止になっています。現在発行されている中では、100ドルというのが最高額紙幣です。
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2009年05月21日

オードブル は ロシアの習慣!!

オードブルはフランス語で、「作品の外」「建物の突き出た部分」という意味だそうです。メニュー以外の食べ物ということでしょう。
 このオードブルは、ロシアのザクースカという習慣がフランスで広まったものという説があります。
 ロシアがは広い国です。パーティーを開いても客ははるばる遠くから馬車で、野を越えてやってくるため、到着の時間がばらばらになります。全員がそろわないと食事は始められないので、早く来て待っている客を別室に集め、酒やつまみを出しました。この酒やつまみをザクースカといったのです。
 フランスでは11世紀にすでに、オードブルと言う言葉が使われていました。しかし当時は定まった食事のコースなどなく、全ての料理がテーブルに並べられていました。オードブルは、テーブルの空いた部分をうめるための補助的な料理とされ、当時は鳥の丸焼きなども出されたようです。
 しかし、その後ザクースカの影響を受けたのが、まとまった一つの料理となり、その形も一口で食べれるくらい小さくなって、スープの前に前菜として出されるようになったのです。
 このオードぶるですが、コックの腕の見せ所といわれています。最初に出されるものですから、腹にたまらず、次に出される食事はさぞかし、と期待をもたせるようなものであることが、要求されるためです。
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2009年05月09日

マニキュアは既婚のしるし?

古代エジプトでは、マニキュアは結婚した女性しかしませんでした。昔、結婚した女性はヘンナという赤い色をした水に手をひたし、爪を赤く染める風習が古代エジプトにあり、これがヨーロッパに伝わってマニキュアになったわけです。日本でも、結婚するとお歯黒といって歯を黒く染める風習がありました。
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魚の身元証明をした昔の刺身

 生の魚肉を細く切って食べるようになったのは、室町時代からだと言われています。当時は、なますといって酢につけて食べていました。
現在のようにしょう油で食べるようになったのは、安土・桃山時代からで、これにわさびが加わったのは、江戸時代の末のことです。
 刺身は指身とも書きます。これは昔、魚をおろして切ってしまうと、何の魚だかわからなくなるため、その魚のひれをを刺身の横に置いたからだと言われています。
 とこrで、江戸時代には刺身を相惚れともいったようです。このため花柳界では、キスの隠語として「おさしみ」という言葉を使っていました。これは、キスは相思相愛でないとできないという意味だそうです。
 昔の花柳界には、好きでない人と簡単にキスをするような人はいなかったのです。
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2009年05月08日

梅干しは昔は、見る薬だった!!

 梅干しだけの弁当は、日の丸弁当といわれて、今では粗末なもののように扱われていますが、昔梅干しは大変貴重なもので、庶民の口には滅多に入らなかったようです。
 平安時代、村上天皇の病気が梅干しと昆布の入ったお茶で治ったという話があります。このように、梅干しは古くから息切れ、船酔い、止血に効果があると信じられていました。なので、戦国時代にも合戦の必需品とされていました。
 江戸時代に書かれた「雑兵物語」には「戦場で息切れがしたら携帯の梅干しを取り出して見よ。しかし、決してなめたり食べたりしてはいけない。命のある限り、ひとつの梅干しを大切にして、息切れの防止薬とせよ」ということが書かれてあります。
 一方、室町時代の書物にも、酒や飯のときむせないようにするためには、梅干しを膳にのせ、これを時々見るといいといっています。
 梅干しを見るとツバがたまるからですが、とにかく昔は、梅干しとは食べるものではなく見るものだったようです。
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2009年05月07日

女性の正座は江戸時代から始まりました。

正座は行儀良く、あぐらをかくと行儀が悪いとする習慣は、昔はありませんでした。
 よく「女性があぐらをかくのは、みっともない」と言われてますが、日本人の座り方は、昔は男女平等で、たてひざかあぐらが普通でした。
 昔の、絵巻物を見ても正座をしている女性はいません。江戸時代になって、士農工商の身分制度ができてから、女性は正座をするべきと決められたようです。どうも女性は士農工商より身分の低い、いやしい者とされて正座を強制されたのです。
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2009年05月06日

年越しソバの由来

大晦日の夜に、縁起をかついで年越しソバ食べます。ソバのように長く、幸福に寿命を伸ばすことができますようにという意味が含まれていると言われています。晦日ソバ、運ソバなど言われています。
 ところが、年越しソバが縁起がよいとされたのは、金細工の職人が、とび散った金粉を集めるために、そばを使ったところからきているみたいです。つまり、ソバは金を集めるので縁起がよい、ということから、ソバを食べる風習が生まれたそうです。
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2009年05月04日

国会、役所のごまかしの言葉は?

国会答弁の常套語「前向きに善処する」というのは、「何もしないこと」というのは、もう今では、子供でも誰でも知っている言葉だと思います。
 学校で先生が「こんどはちゃんと宿題やってこいよ」と言ったら、生徒は「前向きに善処します。」と言われ苦虫をつぶしたと言うことがあったようです。
このようなごまかしは、昔からあり、第二次世界大戦後半から使われ始めた「転進」は、実は退却、敗走のことでした。敗走と言うと格好悪いので作戦上の必要から転進すると見せかけたと言うことです。
 戦後は、「敗戦」が終戦に、「占領軍」が進駐軍に言い換えられました。
 中国大陸に日本軍が攻め入ったのは、まぎれもない「侵略」なのに、教科書では「進出」とごまかしています。侵略という言葉を使うと、検定をパスしないそうです。この「検定」も検閲のごまかし語です。実態は検閲そのものですが、憲法で検閲は禁止されているし、戦前の検閲の暗いイメージがあるので、言い換えているだけです。
 そのほか、国会や役所で良く聞くごまかし語などとして、「検討する」「最善を尽くす」「エリを正す」「全力をあげる決意」などあるようです。
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2009年05月03日

七夕の織姫は神様の一夜妻だった!!

七夕さまといえば、笹の葉に願い事を書いて結び、六日の夜から庭先などに飾る七夕行事が中心です。
 このようなイベントは、都会で普及したもので、中国の星祭の影響を受けているんです。
 日本古来の七夕は、棚機津女(たなばたつめ)の行事が中心でした。これは、織女(おりめ)が機屋(はたや)にこもり、来臨する神の一夜妻となって村の災厄を持ち去ってもらうというものだったのです。棚機は機(はた)のことです。この棚機津女が略されて棚機となったのが七夕の語源でもあるのです。
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2009年05月01日

「五月五日」端午の節句になったのはなぜ?

 五月五日は、端午の節句と言われています。鯉のぼりをなびかせて、広場などではイベントをやっています。自分の近所では、子供に「ひよこ」をプレゼントする企画もあったりします。

端午の節句には、しょうぶ湯に入る習慣があります。もともとは強壮解毒薬である「しょうぶの根」を干してせんじたものを薬湯として飲むのが習わしでした。しょうぶ湯に入る習慣はあとからできたものです。
五月五日頃は、田の草取りも盛んになり、田んぼの虫も数を増して活発になる時期です。重労働なので疲労が重なり体の抵抗力が弱くなると、虫に刺されたあとが化膿しやすくなり、回復も遅れます。それに、水虫で代表される白癬菌(はくせんきん)がもとで皮膚病にかかる率が高くなるのもこのころになります。
 そこで「しょうぶの薬湯」を飲んで疲労をとり、しょうぶ湯に入って植物の酸によって皮膚を守ったということです。そしてたまたま、しょうぶの発音が、武を尊ぶ「尚武」と同じであることから、男の節句と言われるようになったわけです。
なので、あとから「男の節句」はあてがっただけになります。
でも、こどもは、とりわけ男の子は心待ちにしているのは、いつの時代も変わりません。健やかに、健康に育ってもらいたいものです。

※1.尚武の意味は、「武道・軍事などを大切なものと考えること。」
※2.白癬菌(はくせんきん)とは、
 水虫を引き起こす原因となるカビの一種。ケラチンを栄養源とし、湿度70%以上、温度15℃以上になると活発に増殖し、皮膚表面の角層に感染して増えると水虫の症状が現れる。特に足の指の間は湿度95%以上、温度は32℃以上になるため水虫にかかりやすい。

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