2009年06月16日

天才シリーズ 公金横領の常習犯だった高杉晋作

 「勤皇の志士」といえばなにやら格好いいが、混乱期の幕末に活躍した彼らの中には、ロクでもない者が少なくなかった。
 時代劇でも、よく芸者をあげて酒を飲むシーンが登場するが、その金を彼らはどこから融通できたのか。たいていは藩の金、つまりは公金だった。横領である。
 高杉晋作も相当ひどい。長州藩では、京にいる高杉の過激な動きに困り果てて、呼び戻そうとした。すると「金が無い」とスネて10両せしめ、その金で散々遊びほうけて文無しで戻ってくる。
 今度は、見張り役をつけて帰すが、結果はかわらない。湯水のように公金を使い続けて平然としていた。
 高杉が藩の命令で上海に行くことになった。長崎でさっそく悪い癖がでる。酒と女に上海行きの費用をつぎ込み、挙句の果てにその金で芸者を身請けまでしてしまう。
 ところが、やがて上海行きの船が出るころにはもう、金を使い果たしている。日本を出る前に全部、使ってしまったから、さすがに請求はしにくい。そこで彼は、一度囲った芸者を叩き売ってしまった。
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2009年05月28日

天才シリーズ 逃げる羊に喜劇の真髄を見たチャップリン!

 チャップリンは、ロンドンの貧しい家に生まれた。父は飲んだくれで、母は栄養失調から発狂するような生活だった。
 彼はさまざまな呼び方をされる。天才、ケチンボ、ユダヤ人、売国奴、アナキスト、女たらし、偽善者、孤独。そのどれもが彼の一面だし、すべて費やしてもチャップリンは語れない。ただ、喜劇役者としては、彼は間違いなく天才だった。
 少年時代、チャップリンはロンドンの貧民窟で、と殺場へいく途中に逃げ出した一匹の羊を目撃する。大人たちが羊を捕まえようと大騒ぎする。滑ったり転んだり、みんなで笑いながら羊を追い掛け回す。羊はやがて捕まり、首を切られる。
 この光景が、少年チャップリンの胸に焼きついた。悲劇の中に喜劇があり、喜劇の中に悲劇があることを、チャップリンはこのときはっきりと知る。後年の彼の映画の原型は、このときの体験が無意識のうちに生かされているのだ。
 どんなに名声を集めるようになっても、チャップリンは絶望と隣り合わせだった。映画の封切初日には、けして映画館には近寄れずに、一人で町をさ迷い歩いたという。彼はいつでも、大衆に期待し、また大衆を恐れていたのだ。
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2009年05月26日

天才シリーズ 異常すぎるゲーテの血筋

 偉大な詩人にして科学者、政治家でもあったゲーテの家系に少しだけ触れてみよう。よくも悪くも天才の「血」について考えさせられる。
 ゲーテの父は、晩年は動脈硬化による精神病にかかっている。ゲーテには5人の兄弟がいたが、3人は小さいうちに死に、6歳まで生きた弟は性格異常児で、大人になるまで生きた妹は精神病者だったという。
 ゲーテ自身には5人の子供がいたが、成人したのはアウグストという息子だけだ。彼も激情型の性格異常で、酒のために41歳で死ぬ。
 アウグストには二人の息子がいたが、兄は無気力で、弟は鬱病だった。ふたりとも結婚しなかったから、ここでゲーテの血統は絶える。83歳まで生き、思う存分天才を発揮したゲーテの存在は、家系からみれば、まさに奇跡に近いのだ。
 同じような例はベートーベンにも見られる。彼の祖母はアルコール中毒で入院したまま死んでいるし、父にもその傾向があった。兄弟は5人いたが、3人は子供のうちに亡くなり、ふたりの弟は「ろくでなし」だったという。
 実は、天才の家系には、こういった例が数多く見られる。一族そろって優秀というケースのほうが珍しいのです。
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2009年05月22日

天才シリーズ とんちで有名な「一休さん」実はポルノ作家?

 好々爺(こうこうや)そのもの、というのが一休さんのイメージだと現代では思われがちです。諸国を漫遊して村人をトンチで煙に巻き、子供たちを膝に抱いては雀と戯れる。俗っぽい欲望とは無縁の存在に見えるが、一休の号は「狂雲」だ。ただの好々爺ではない。彼は詩集「狂雲集」でセックスをあからさまに書いた。「吸美人婬水」とか、「美人陰有水仙花香」なんてサラリと書き残してる。
 一休さんの本名は宗純、臨済宗の禅僧です。なみの坊主ではない。臨済宗五山のひとつ、京都大徳寺の住職にまでなった高僧です。その宗純は、大徳寺の開祖100年忌に女連れで参会した。
 一休は、女も抱いたし肉も食った。当然、他の僧からは非難されたが、若い僧は一休を支持して逆に反発したという。本能に流されるのが人間であり、一休はすすんでその渦に身を任せ、「魔界」に入ったからだ。
 一休は、78歳になって最愛の女、森女と結ばれる。森女の一休によせる愛情もまた、すさまじかった。「愁苦の至り」とまで彼は書いている。女に溺れ狂うのも命がけだった。そんななかで残した詩集が「狂雲集」だ。好々爺にして破戒僧、これが一休の素顔です。
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2009年05月21日

天才シリーズ ニュートンが隠し続けた秘密の箱の中身とは?

 1980年になって、ふたりの物理学者が、ニュートンの髪の毛から異常に多い水銀を検出した。300年も前の髪の毛がなぜいまごろかと思われるが、ニュートンの遺髪は遺品とともに保管されていたのだ。
 ニュートンは45歳を過ぎて、明らかな精神障害に苦しんでいたが、どうやらこの水銀とも関係があるようだ。というのは、近代物理学の開祖ニュートンは、同時にきわめて中世的な錬金術師でもあったからだ。
 ニュートンは、ケンブリッジのルーカス講座(自然科学講座)第2代目の教授を務めている。この講座は、歴代一流の学者が教授となっており(現在はあの宇宙論のホーキング博士)、ニュートンはまさに、近代科学の最前線に立っていたことになる。
 そのルーカス講座の教授をしながら、彼は用意された専用の研究室で錬金術に没頭していた。この時期は、名著「プリンキピア」が発表されたときでもあった。
 錬金術は、中世の魔術だ。あらゆる物体を金に変えてしまう魔法の術だ。この魔術が化学実験の基礎を作ったのも事実だが、そもそも「賢者の石」は存在しない。
 そんあ魔術にニュートンは、夢中で取り組んでいた。そして、錬金術に大量に使われる水銀に、いつの間にかニュートンは侵されていたのである。
 ニュートンは、この錬金術の膨大な研究資料を箱にしまい込んだまま発表することはなかった。「秘密の箱」が見つかったのは、1936年のことだった。
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2009年05月16日

天才シリーズ 自分の結婚式に出なかった石川啄木 

 彼の歌集に「一握の砂」というのがあります。たった一晩で120首もの歌を作っている。そのまま出版されたわけではないが、天才は短い期間に驚くほどのエネルギーを発揮することが多い。
 彼のデビューは鮮やかだった。17歳で与謝野晶子の「明星」に詩を発表し、19歳で詩集「あこがれ」を出版して注目をあつめた。しかし、そのあとがぜんぜん駄目だった。小説を志すが誰にも認められず自信を失う。彼が「天才病」と呼ばれるのは、この失意の時代の姿が原因となっている。実際、啄木はあがいていた。借金に借金を重ね、なおも浪費はとまらなかった。金もないのに人力車を乗り回し、車代が溜まっても払わない。煙草は最高級の「敷島」を吸い、大ボラを吹いては金を借りまくる。郷里で行われる妻、節子との結婚式にも汽車賃すらなくていけない。友人が工面してやると仙台で降りてしまう。そこから偽手紙を出してまた借金をする。その金で宿に泊まって他人にご馳走する。とうとう、結婚式は新郎不在のままだったそうです。

天才やらなにやら「紙一重」とはこのことを言うのでしょうか?
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2009年05月05日

天才シリーズ 自分の口を「差し押さえ」した桂春団治

 「浪速の春団治」こと桂春団治の最後のシャ味鬼レは、癌で倒れたベットの中だった。「やっとイガン免職や」
 スカタン咄の男ド阿呆、57歳の幕でした。春団治の人気はすさまじかった。ちょうどラジオがはじまった頃、所属する吉本興業では、芸人がラジオに出ると寄席の客が減ると思い、ラジオ出演を禁止していた。
 ところが、大看板の春団治がただひとり、そのことを無視してラジオに出た。吉本興業は怒って、貸し金の取り立てを理由に彼の家財を一切差し押さえてしまいました。
何も知らない春団治は、家に帰ってびっくりする。新聞記者がおもしろがってどっと駆けつけて、春団治にインタビューしようとしたが、一言も答えず、ただ苦笑いしながら自分の口に紙を貼ってしまった。その日の夕刊に、春団治の顔が出ると、浪速っ子は手を叩いて喜んだそうです。「さすが春団治や、自分の口まで差し押さえよる」と。
 これで春団治の人気はさらに高まり、吉本も渋々、差し押さえを取り下げてしまったとのことです。
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2009年05月02日

天才シリーズ「童話の王様!アンデルセンが自伝を三回も書いた??」

アンデルセンの生涯は失恋の繰り返しだったそうです。
70歳で死んだときは、デンマークの皇太子や各国の大使、お姫様から浮浪者に至るまで、それこそ大人も子供も葬式の列に並んで大騒ぎとなった、世界中の人たちから愛されました。それにも関わらず、一度も恋が実ることがなかったそうです。旅を続けて独身のまま死んでいます。
 アンデルセンは、自伝を三回も書きました。最初は、27歳の時、まだ無名の時だった。生い立ちからはじまって詩人としてデビューするまでを、初恋に敗れた悲しさまで含めて綿々と書き綴っています。この自伝は恩人の娘、ルイーゼに捧げられました。
 ルイーゼは、アンデルセンが失恋したとき優しい言葉をかけてくれた娘だった。彼はたちまちルイーゼに恋をする。アンデルセンはルイーゼの気を惹こうとして、ラブレター代わりに「自伝」を送ったようです。
 ところが、ルイーゼは、あまりに長ったらしくてヘンテコなこのラブレターを、ほとんど読まず兄に渡してしまった。「自伝」が発見されたのは、アンデルセンの死後50年もたってからでした。
 アンデルセンは、その後も二度、自伝を書いています。一作目と同じで失恋のことが多いそうです。このことからも、振られるたびに自伝をかいて自分を慰めていたようです。

やっぱり、天才も人間だなー。すべてがうまくいくとは限らないものですねぇーー。
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2009年05月01日

天才シリーズ「エジソンの99%の努力?」

不定期に天才と呼ばれている人を調べていこうと思います。
第一弾は「天才とは99%の努力」のエジソンについて調べました。
 エジソンといえば、発明王という言葉が思い浮かび、「天才とは99%の努力と1%の霊感」と言ったようです。(私は、霊感のところを才能と勘違いして覚えていました。)これは本音なのでしょうか?
エジソンは、生涯に1000を超える特許を取っているそうで、代表的なものは、白熱電球・蓄音器・映画などがあります。こういった発明の中には、独創的なものが含まれているわけではありません。白熱電球にしてもアイディア事態はエジソン以前にあったものらしです。
エジソンが行ったのは、長持ちするフィラメントの材料を見つけ出したことです。
 そのためには、世界ジュから材料を探し求め、少なく見積もっても6000種類の植物をテストしています。日本のたけに出会う前に、トウモロコシの茎から助手のヒゲに至るまで、テストしているそうです。
こういうやり方自体は、どう考えても「天才的」とはいえる方法では無いと思います。とにかく手当たり次第実験を繰り返して結果を求める。これからもわかる通り、エジソンは単なる「実験王」であり、当然ながら天才とは「99%の努力」であると信じた人であった様です。

何事も根気が大事だなと調べていて感じました。
posted by けんちゃん at 13:15 | Comment(0) | 天才シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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